高畠藩
高畠藩(たかはたはん)は、出羽国置賜郡(現在の山形県東置賜郡高畠町)に存在した藩。
藩主家は織田氏である。織田氏は言うまでもなく戦国時代 (日本) 戦国時代、あまりにも有名な覇王・織田信長によって天下統一も目前にまで迫っていたが、天正10年(1582年)6月2日に信長が本能寺の変のために死去すると、織田氏は急速に衰退して天下の表舞台から名を消してしまった。信長の嫡流は長男・織田信忠の家系が継いでいたが、信長の嫡孫である織田秀信は関ヶ原の戦いで西軍に与して岐阜城攻防戦で敗れたため、改易されてしまい、断絶してしまった。代わって信長の次男・織田信雄の系統が信長の嫡流となり、上野国小幡藩において2万石を領することとなる。このとき、特に信長以来の名族であるという格式を幕府から重んじられて、国持大名格や網代の輿、爪折の傘を用いる特権を与えられている。
